手早く買い物を済ませ、久遠は帰途を急ぐ。


「重てえなあ、もう!」

久遠は一人、文句を言った。
両腕に荷物を抱え、道を行く。
時折ある、欠けた石畳に躓かないように足元を気にしながら
歩みを早める。




不意に自分の進路上に赤いものが見えた。


深紅の鋭いつま先のハイヒール。


久遠はそれに見覚えがある。
忘れたくても忘れられないもの。


ゆっくりと目線を石畳から真正面へと移す。


深紅のタイトなドレス。
揺れる深紫の髪。
ドレスと同じ色に縁どられた涼しい眼。


誰もが振り返りそうな美しい女が立っていた。


「こんな時間に外に出歩くとは、ずいぶん無謀なことをするねえ。
キメラの餌にでもなってやるつもりかい?」


女の口元が笑った。
久遠の額に冷や汗が滲む。
荷物を持つ手に自然と力が入った。


「胡弓……」


強張った声で久遠は女の名前を呼んだ。


「久しいね、久遠。お前、漂流者を助けたらしいじゃないか」