(他にだれが──)


これ以上このクラスの生徒に災難がふりかかるのか。と、教師の胸元が重くなる。

窓際のうしろの席、その生徒の名前を頭に思い浮かべると、おもわず近くの生徒にきいていた。

「桑野を、今日見たか?」

問われた生徒は、後ろの席を振り向いた。

「見てません」

残酷なほど、はっきりとした返答だ。


教師は、生徒に指示をあたえることもなく教室を飛び出すと、階段をかけおりて職員室に飛び込んだ。

「教頭先生、うちのクラスの桑野、欠席の連絡はありましたか」

答えを聞くまもなく、生徒名簿をめくりながら受話器を肩にはさんだ。


呼び出し音が鳴る。


その音を聞きながら、教頭からそんな報せは受けてないことを聞かされた。


(まさか──)


心臓がはげしく脈をうつ。

『はい、桑野ですが』

その脈が一瞬とまるほどの緊張が走った。


「あ、あの……担任の平泉ですが、有紀さんがまだ登校されてないのですが……」


(頼む)


無事であって欲しい。これ以上の行方不明者など出せば、高校のイメージは著しく落ちるだろう。当然、担任としての何らかの責任は問われることになる。

安否を気遣う余裕などあるわけがない。

今後の保身を考えれば、かなりきわどいところに自分はいる。


『あの、有紀は──』



祈るような気持ちで、母親の言葉を聞き取った平泉は、静かに受話器を置いた。

手のひらで顔をおおうと、長い息を吐く。


「教頭先生……またです」


力なくそう言うと、椅子にもたれたまま、しばらく動かなかった。