銀鏡神話‐翡翠の羽根‐

其の際に一度手首を回す彼女の習癖、回すと服の金属の飾りに刀が掠り、微かな音がするのだ。

今も確かに其の音が轟音の中に混ざっていた。

『万里!』

音が聞こえた場へと駆け足で向かう。

『あたしは爾来様をお守りせねばっ……!!』

彼女の高く、曇り無き精悍な声がする。

『……駄目だよ。』

そんな彼女の言葉を斬り捨てるが如く、冷然たる声が耳に入ってくる。

角を曲がると、其処は赤の世界だった。

何度嗅ごうが、慣れない血の匂いがする。

うっと、喉を締め付けられる様な酸の強い匂い。

此の血の持ち主が誰だか知った時、彼はどれだけ絶望しただろう。

胸が空虚感に襲われた、今にでも自分が消えてしまいそうな勢いの。

前が見えなくなり、床に座り込んだ。

だが、彼女を助けに行かなければならないという、唐突な使命感に駆られ、彼は空っぽの心と躰を足で引きずり歩いた。

『万里────!!』

彼の細い肉体から出るとは予想がつかない声で独楽は叫んだ。

糸が、彼の心身を繋ぐ神経が壊れた。

理性が押しつぶされ、溜め込み続けてきた感情が限界突破をし、溢れた。

目前に立つ、自分の憎むべき相手は、おどけた表情をした、実に小柄な少年だった。

彼の右手が握る鎌に、たっぷりとついた血が床に落ちて跳ねる。

少年の正面に倒れる赤い髪の女……赤月 万里は、血を流し倒れていた。

目を細め、空を見上げていた。

『りっ……く……ん……死に……たく……ない……』

最早、彼女の逞しく、勇ましい声は力を無くし、周囲に虚無感を感じさせる程の物と成り下がっていた。

『万里、万里……

起きろ! 起きろよ!』

必死で彼女にしがみつき、独楽は懸命に天力で治癒を試みた。

だが、消えていくテクトを押し止められない。

下界への切符……

ギラテクトが増す一方だった。

『支配下のNo.2も、大した事無いなぁ……』

欠伸をしながら、少年は口元から笑みを零し、言った。