「千夏~
ほら、悟(サトル)君のサイン、忘れないでよ。
ちゃんと『ユウコさんへ』って入れてもらってね♪」

「あー、はいはい」



はぁぁぁぁ……

44歳にもなって、なーにが『悟君♪』よ。

ったく、勘弁してよね。



お気に入りのシフォンチュニックの胸についたリボンを結びながらドタバタと玄関に向かった私に、色紙を差し出したのは母だ。

自他共に認めるミーハー。

そして、私に黙ってオーディションに応募した張本人。



母は私に色紙を押し付けると、直立不動で玄関に立っているマネージャーの石田さんに顔を向けた。


「ねえ石田さん、やっぱり私も一緒に行った方が……」

「いえ、大丈夫です。
千夏さんのことは私どもにお任せください」

「そうお?」


言いかけた母をさえぎるようにきっぱり断る石田さんを、母は恨めしそうに見ていた。


お母さん、まだ言ってるよ。

サンダルのストラップを止めながら私は母に釘を指した。


「もう、お母さんは関係ないんだからいいかげん諦めなって」

「だってー。
千夏がオーディションに受かれば、私も一緒に撮影現場に行けると思ってたのに……」