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「あれ?そう言えば…あゆって今日ウィーン帰るんだよね?」


姉貴がリビングで新聞紙を広げながら思い出したように言う。


「アンタ行かなくていいの?」


「……他に行くとこがあんだよ。」


俺はペットボトルのミネラルウォーターを飲み干すと家を出た。


そして携帯を出して、電話をかける。


あゆに。


プルルル…
プルルル…
プル………


『もしもーし♪』


3コール目で出た。



「もしもし…」


『政宗~?ちょっとあたしもう空港着いちゃったよー!』


「ごめん…あゆ。俺、今日空港にはいけない。」


『え?』


「…前から、今日は予定が入ってて、その約束はどうしても守りたいから…」



アイツの笑った顔が頭をよぎった。




『…そっか。じゃあしょうがないね。』


「それと…こないだの話だけど……」


『うん…』


「確かにあゆのことは好きだし、うれしかった。だけど…気持ちには応えられない。」



なんでだろう…

確かに俺はあゆを好きだったハズなのに。

あんなに好きだったハズなのに。



「俺が近くにいないと、側にいないと、悲しむヤツがいるから。」



俺はあの日、初めて蒼井の涙を見た。


瞬間的に、俺があゆを好きだったことにショックを受けていると分かった。


“今は違う。好きじゃない”


そう言えばアイツはすぐに安心したかもしれない。


だけど俺はなぜか素直にそう言えなくて、

まるで


試すように


言ってしまった。


“好きだったらなんなの”