次に意識を取り戻したとき、碧は柔らかいベッドの上にいた。
 心電図の音、呼吸器から返ってくる温かい息、静かな空間で人を感じさせるものが一切なかった。
(死ねなかった)
碧は力の入らない瞼を持ち上げ、細い目で辺りを見回した。
 目に入ったのは点滴の針が刺さった腕と白い壁、扉だけであった。
(……いない)
椅子が一つも出ていない部屋を見て、碧は涙を溜めた。
「……まったく、何て母親だ」
「可哀想ですが、最近の母子なんてこんなものですよ」
「お二方、意識がないとはいえ、患者の負担になる言動は禁止ですからね」
慌しく向かってくる足音に驚き、碧は咄嗟に眠っている振りをした。
(見舞い?)
碧は心のどこかで期待を持った。
 トントン、扉を叩く音がした。
「碧くん、失礼するよ」
碧はあくまで眠っている振りをした。
 扉が開くと、大勢の足音が碧に寄ってきた。しかし、碧は平静を装った。
 医師が碧の脈を確かめ、心電図の確認をした。
「どうです?」
「ええ、安定しています。いつ目を覚ましてもおかしくない状態です」
「……そうですか。一週間も寝たきり。 ……可哀想にな」

「まぁ、自殺を図るくらいですから、目を覚ましたくないのでしょう。 ……目を覚ましても帰る家がなくなりましたしね」
「井本」
太い声が部屋中に響いた。
 井本は恐縮して肩をすくめた。
 部屋は静けさを取り戻した。
 碧は自分の瞳から涙が落ちるのを感じた。泣くつもりは微塵もなかったが、自然とこぼれ落ちた。
「碧くん?」
看護婦と思われる女性の声を聞き、碧はゆっくりと目を開いた。
「いつから意識が戻っていたの?」
「……」
中年の男性が少し若いもう一人の男性を睨みつけたが、その男性は面倒くさそうに頭を掻くだけであった。