この心臓が錆びるまで



 カーテンを閉めて、部屋の明かりを消す。反対側のソファーにはお兄ちゃんと、翠。お兄ちゃんが、16本の蝋燭に火を点していく。

 ゆらゆらと揺らめく炎と、淡い橙を含む翠の瞳。見つめていると、視線が交わってひどく優しく微笑まれた。それだけで高鳴る心臓。

 だめだ、違う意味で息が苦しい。

 約一月会わなかっただけで、免疫が無くなってしまったようだ。部屋が暗くて良かった、赤い顔が見られなくてすむ。


「できた」


 お兄ちゃんの言葉を合図に、翠が息を吸って、誕生日の歌を口ずさむ。静かな室内に、翠の歌声だけが響く。

 何故だろう、泣きそうだ。

 今にも決壊しそうな涙腺をギリギリのところで保って、今日のことを、この瞬間のことを忘れないようにと、翠の歌声と表情を脳裏に焼き付けた。


「誕生日おめでとう、薺」


 歌が終わって、お兄ちゃんが優しく笑う。私も、精一杯の笑顔を返してやった。

 なんて、幸せなんだろうか。


「一発で消せよ」
「まかせて!」


 大きく息を吸う、揺れる16個の炎に向かって、私はすべての力を振り絞るようにして息を吹き掛けた。