「薺」
名前を呼ばれて、ハッとした。
「なにボーッとしてんだ。ケーキの材料買いに行かねーの?」
いつのまにか出掛ける準備をしていたお兄ちゃんは、入口の壁にもたれ掛かり指で車のキーを回している。
「行く!」
叫べば、お兄ちゃんは優しく微笑して先に玄関へ向かった。私も急いで立ち上がりクーラーを切ると、すぐにお兄ちゃんの後を追う。
「待ってよっ」
お兄ちゃん、なんだか嬉しそう。
広い背中が、いつもよりやわらかく見える。それはきっと、気のせいなんかではなくて。だから、私も自然と笑みがこぼれる。
お兄ちゃんには、今まで沢山迷惑をかけてきた。だからこそ、沢山迷惑をかけた分、私は生きなくてはいけない。それがお兄ちゃんの幸せだって知っているから。
お兄ちゃんの車の助手席に乗って、シートベルトをしめる。
「今年はチョコケーキがいい!」
「俺がチョコアレルギーだってわかってて言ってんのか?」
「ほら、さっさと発進!」
また誕生日を迎えることが出来るだなんて、思ってもなかった。誰よりもそれを喜んでくれているお兄ちゃんのために、明日も、これからも、ずっとずっと笑っていたい。



![オトコイ[詩集]](https://www.no-ichigo.jp/assets/1.0.787/img/book/genre13.png)