この心臓が錆びるまで



「ただいま」


 いつものことながら、室内の明かりはひとつも点いていなかった。自分の声が冷たい空気に馴染んで消える。

 玄関の扉を閉めて鍵をかければ、ガチャンという孤独な金属音が闇に響いた。


「また地下(した)か…」


 呆れたように呟いて、靴を脱ぐ。脱ぎながら左手の壁にあるスイッチを押せば、その動作に少し遅れるようにして視界が明るくなった。

 淡い橙の明かり。俺は明るい白の蛍光灯が良いのだが、“あの人”がこの色にこだわるのだ。オレンジ系統の明かりの方が暖かみがあるらしい。


『俺が出迎えてやれないかわりの愛情だと思え』


 いつだかそんな馬鹿馬鹿しいことを口にしていた。この馬鹿馬鹿しく恥ずかしい言葉を堂々と言ってのけるその人物に会うべく、俺は地下に向かった。




―――――




「今帰りましたよ、棗(ナツメ)さん」


 地上の明かりも澄んだ空気も届かない、一面鉄筋の壁に覆われた地下室。広さは学校の教室くらいで、切れかかった電球ひとつだけがこの四角い空間を照らし出している。テーブルの上には見たこともないような複雑な形をした機具が数えきれないほど置かれていて、それは床も侵食しつつある。テーブルの奥の唯一この場には似合わない、存在の浮いた白い皮張りのソファー。

 そこに棗さんはいた。


「父さんと呼べと言ってんだろ、翠」