どうやら口裂け女ではないようだ。
一番怖い展開にはならなそうで、ほっと胸をなでおろす。
「…あ、かさいる?」
その影の半径1メートル以内に入ると、さすがに気付かれた。
「…かさ、いる…?」
影の口から"かさ"と"いる"を区切った言い方が発せられ、ようやく背中にしょっているものの正体が"傘"だということに気付いた。
両手に持っている棒も傘だった。
つまり。
"傘いる?"って言っていたんだ。
「…傘いる?」
正面に回って向かい合って立つと、その影は右手を伸ばして持っているピンク色のビニール傘を差し出してきた。
「傘、いる。」
あたしはぽつりと答えて差し出された傘を受け取った。
杖がわりにちょうどいいと思ったから。
それにしても、こんなところで一人でぶつぶつ言ってるから、どんなやつかと思ったら。
切り込みを入れたような目頭と目尻が特徴的な、猫のような目をした全体的に線の細い普通の男だった。
