そんなことがあってから、学校で佐伯に会っても何も変わらず普通だったから。
わざわざ話に出すこともせず、だんだんと気にしなくなっていったあの時の出来事。
「あの時…」
呟くと、佐伯は一息置いてから言う。
「そうだよ。咲之助たいへんそうだから何も言わなかったけど、あの時だよ。」
佐伯の腹部に当てられた手が汗ばみ、離してほしくなる。
手を引っ込めようとすると、佐伯の手にぐっと強く掴まれ、それはできなかった。
「ねぇ、咲之助、あたしどうしたらいい?」
太陽の位置がずれたようで完全な逆光ではなくなると、じっとこちらを見ている二つの瞳に光が宿る。
その光のせいだと、最初はそう見えたのだけど。
そうではなくて、みるみるうちにうるんでいくのが分かった。
「ねぇ、どうすればいいかな…っ」
その声に震えが混じり、さっきまでの凛とした調子は強がりだったことに気付いた。
"どうすればいい。"
"どうすればいい。"
そう繰り返す佐伯に肩を揺すぶられるけれど、その感覚はどこか現実味がなくて。
他人事のように思えた。
なんでこんなことになってしまったのだろう。
蕾と一緒にいたいと思えば思うほど、どんどん遠ざかっていく。
どこまでボロボロになれば、蕾は手を差しのべてくれるのだろうか―…
