甘い香りが淡く唇を撫でただけで、掴まれた手は離され、後は何も起こらなかった。
目を開いた時には観月は先に階段を降り始めていて、ぼーっとしそうになる頭を振って、すぐに後を追いかけた。
「アヤっ どうしたのっ」
観月の言動も行動も意味が分からなくて、咲之助のことがよく分からなくなってきた時とよく似た寂しさが込み上げてくる。
「待ってっ」と言って観月の制服を小さく引っ張る。
よくアイロンがけされていつもシワのブラウスには、さっきあたしが抱きしめた時の跡がついていた。
「アヤ、ごめんね。言われたことよく分からなくて、何も答えられなくて」
せっかく立ち止まった観月の背中がこれ以上離れて行かないように引き止めたかった。
「どこにも行かないからっ」
泣き出しそうになるのを堪えるものの、声の震えは押さえ込めなかった。
そしたら。
腕捲りをしている袖から伸びる観月な華奢な手首の筋が微かに動くのが見えて。
それをたどって手に視線を向けると、ぎゅっと拳を握り締めていた。
「…蕾、プール行こっか」
くるりとこちらを振り返ると、いつも通り観月は笑ってた。
