『大人になりたくない』と言ったあの頃は寒い冬だった。
今は初夏の風が優しく吹き抜ける。
静電気も気にならなくなったベランダの手すりに寄りかかり、いつも微かにカーテンの開いてる咲之助の部屋を覗いた。
咲之助が寝ているであろうベッドは死角にあってここからでは見えない。
けど、部屋を見てるだけでも悲しい気持ちはいくらかやわらぐのだった。
たぶん滅多に使わないけれど、取りあえず置いてある机。
床にほっぽり出されたでかいスポーツバッグ。
漫画しかない本棚。
どれも咲之助が管理してるんだなって思うと、なんだかちょっと笑えてくる。
あ。そろそろ目覚まし時計が鳴る頃だ。咲之助が目を覚ます。
あたしはそそくさとベランダを去って、またベッドに舞い戻る。
布団を顔が隠れるくらいまで被り、膝を折って丸くなって寝てるふりを決め込む。
虚しいけれど、咲之助が起こしに来てくれるのを待っている間は楽しかった。
