大人になれないファーストラバー



『ハシモト』は咲之助の名字。

なんでカタカナで書かれているのかは、まだ素朴な疑問である。





「サク…」


「まったく、何やってんだよ」





咲之助は呆れた顔をしながら、ズボンのポケットに入れてた右手を出してあたしの鼻先に差し出す。






「鼻打った」


「いいから早く掴まれ」




あたしが掴まるより早く、咲之助の手があたしの手を引っ張った。

グワンといっきに立ち上がらせると、端が少しめくれてたスカートをちゃんと直してくれた。





「ほら、行くぞ」




あたしの手を掴んだまま、咲之助は教室中のみんなの視線から逃げるように廊下へずんずん歩き出す。




廊下に出ると、人は誰もいなくて。
咲之助はちょっとほっとしたようだった。






「サク」


「…」


「サク」


「…か」


「なに?」


「大丈夫かよ、鼻」


「うん…大丈夫」



「そか」




それっきり咲之助は何も話さなくなった。



「ねぇ」って、何か言おうと口を開きかけたけど、やっぱり話しかけるのはやめておく。




あたしは引っ張られるままに咲之助の後を歩きながら、窓の外の空を見上げていた。