いばら姫





人影も疎らな
静かな美術館



「 タカオ

―― 奥、 行ってもいい? 」


水谷は、
碧い瞳を見開き、そう質問するアズに

ピンで纏め、
後ろの高い位置で上げた髪を揺らし
少し困った顔で答える



「 … もう
一緒に暮らしてた頃の俺じゃないよ

―― 遠くに行ったって
殴ったりしないから 」



アズも 一瞬だけ
無表情な、口だけの笑いを残し

パイプ椅子に座り、模写をしている、
何処かの学生がいる横まで走った


この一画には、俺達三人と
キャンバスに筆を走らせる、その学生だけ


一枚の
古い石橋の風景画前に立ち
頭に被っていたニット帽をゆっくり脱ぎ
柔らかい肩までの髪が、ふわりと拡がった



「 …殴ってたのか あんた 」


「 ―― 岡田 」


「 …何よ 」


「  見てみな   」





――― 質問に答えず
水谷が、顎で示した先には
模写していた筈の、学生の姿


横に立つ人影に気付き
アズもそれに微笑みを返し
次の絵へと、方向を変える――

次の瞬間

学生の顔は、みるみる表情を変えて
―― アズの後ろから、その肩に
掴み掛かかろうとした



「 な……!! 」


走り出そうとした俺の足を
水谷は思い切り蹴って止める


「 俺が殴ってでも
ルウを傍から
離さない様にしていた理由はこれさ

現に、ルウと会った後
一回 君の親友 西クンは、
アキサンと、別れてる 」


「 ―― ?! 」




「 …昔なら 」

水谷は立ち上がり


「 " もうその姿は、学生の横
何の躊躇も無く

――― 学生が模写していた絵を破った


学生は尻餅をついて…

『 何するんだ?!
ボクは彼女にモデルを
頼もうとしていただけなのに!! 』

後は、大惨事 」


「 ――… 何で … 」


「 … そりゃ…
他人の痛みなんか
判らなかったからだよ

喧嘩で負けた事なんか一度もないし?

自分がこの世で一番辛いと思ってたから 」