日本は島国であり、また江戸時代は鎖国であったた外国との戦争が他国に比べ少ない。これらの要因より日本は他の民族に支配されたことのない国である。しかし最後の一文には疑問が残る。日本は本当に植民地支配を受けていないのか・・・?まずひとつはGHQの戦後改革は、見方を変えれば高圧的支配ではないのか?しかし戦後の日本にとって戦後改革は、戦争放棄という今の日本を苦しめる異端な考え以外を除けば植民地支配とはかけ離れた優良的なものともいえる。ならなぜ高圧的支配という言葉を用いたのか。それは単に、GHQが日本とい企業の約99%の大株主だったから、といえば理解していただけるだろう。もちろん主題はここからである。今までの話はGHQと表現してきた。これからかく話をより客観的に見てほしいからである。話は冷戦まっただ中の時代から始めよう。まだ核戦争危機と言うより、ソ連につくのかアメリカにつくのかの話をしていた頃、アジアの大国、中国が毛沢東ひきいる社会主義派が政権を取ったことによって、アメリカはアジアでの社会主義の増加を防ぐために日本を援助して高度経済成長を迎えさせることによって、資本主義社会の豊かさを見せつけることをおこなった。まずここまでのこと頭に置いていてほしい。日本は戦争放棄によって軍隊を持つことができない。これ自体が主権国家としてあるべきことではないのだが、持てないからには守ってもらはなくてはいけない。よって安保理は日本に軍がない限り、必ず必要である。もちろん基地が置かれるのは当然。基地の維持に関わるすべてのお金を払うのも当然。ただで国防は買えない。だがここからが問題なのだ。日本が豊かになればなるほど、アメリカへのお見舞い金、通称おもいやり予算が増える増える。また輸入の押しつけなどもそうである。ここでなにが言いたいかお話しよう。植民地支配とは、安く作ったものを高額で売りつける。今の日本は、アメリカに国防を高値で売りつけられている。むろん基地の費用や兵器の費用、人件費も日本負担なのだから、まさにただで基地作れてお釣りがついてくる。ウハウハな話だろう。アメリカはこのようなこGHQ支配のころから計画に入れていたかはさだかではないが、日本の戦後改革にあたったのはGHQというよりアメリカと言った方が適切だろう。今唯一、植民地支配を受ける我が国が早く独立、そして日本軍が誕生するのを祈っている。