「まあ、俺達の娘だからな。きっと何でも出来る。なんてね、ははは、親馬鹿すぎるかな。でも、名子がやりたいっていうのなら好きな事はやらせるけど、月謝が俺のこずかいより高い、なんてのはやめてくれよ。」

「大丈夫。今日は、見学だけだもの。でも名子が通いたがったら、どうしましょうね。パパにはもっと頑張ってもらわなくちゃ。あ、でもほら、もう八時よ、私もそろそろ名子を起こさないといけないから、今日もがんばって稼いで来てね。さあ、いってらっしゃい。」

 カップに半分ほど残っていたコーヒーを一気に飲み干し、正人はいつものように、明子の唇に軽くキスをした。それは結婚してからずっと続けている毎日の習慣だった。明子の柔らかい唇で一瞬足の力が抜けそうになるのに耐えながら、先ほどよりも若干、その背中を広くしては、まだ寝ている愛娘の寝息に行ってきますと無言で答え、家を出た。

 正人が家を出ると、明子は自分達の寝室で寝ている名子を起こしに寝室に入った。無防備で愛らしい名子の寝顔に一瞬、このまま寝かしておいてあげたいという母性に負けそうになりながらも、誰が決めたとも解らない幼稚園に行くというルールにのっとり、優しく名子に語りかけた。

「ほら、ほら、もう朝が来ましたよ。 パパは、今日もママと名子の為にお仕事に出かけましたよ。ほら、いい子は起きて下さい。今日はとってもいい天気よ。きっとこんな日はいい事があるに決まってるわ。さあ、起きないと、一生目が覚めなくなちゃうぞ。いいのかな。」