「おかえり、礼くん」


家に帰ると、母さんが玄関で出迎えてくれた。

と言っても、俺が帰ってきたのに気づいて、玄関まで来たわけではないだろう。


「ただいま。どうしたの?」


俺は明らかに機嫌の悪そうな状態で、そわそわと外を伺っている母さんに訊いた。

こんなこと珍しくは無いから、なんとなくその理由は分かるけど。


「凛雄(りお)が帰ってこないのよ。もう塾に行かなきゃいけない時間だっていうのに」


凛雄とは、俺の弟のことだ。

中2の凛雄は今、完全な反抗期でわざと両親の怒ることをしているみたいなところがある。

だから最近、母さんは凛雄のことでいつも頭を悩ませ、ピリピリしていることが多かった。

でも、俺と接するときだけは、それが変わる。


母さんは、前に俺に言った。


「礼くんは反抗期もないってくらい素直ないい子で、母さんすごく助かってたのにね」


俺はそのとき、困ったように笑って適当に流したけれど、心の中ではこの女のことをかなり非難していた。

反抗期なんて、そんなものはなんだか幼稚で、俺にとってはすごくくだらないものに思えた。

俺に反抗期がないのは、当たり前なんだ。

なぜなら俺には、そんな熱い気持ちなどなかったから。

込み上げてくる想いとか、自分でも抑えきれないなにかとか、そんなものが。

だから反抗したいとか、そう思う気持ちも分からない。

そんなことして、なんの得になるというのか。