「ええ加減にしてくれる?」

目の前の小さな背中から発された静かな怒声に俺はびくりと体を止めた。

別に、下心で後をつけていたわけではない。
言うなれば、ちょっとした好奇心だ。



花村サキはクラスでもトップクラスの美人だった。


長いまつげに縁取られた茶色い大きな瞳はかすかに紫帯びていて、真っ白な肌によく映える美しい黒のロングヘアをツインテールにまとめていた。

サキはわりと無口なクラスメイトではあったが、耳に心地よい涼しい声をしていて、細くて白い手足はすらりと長いモデル体型で、さらには運動神経もよく、成績もトップクラスという神様のような女子だった。

おかげで女子からは敬遠されがちだったが、男子の間では密かにサキを狙っている不穏な因子も少なくはなかった。



しかし、サキに関して問題が一つだけあった。
いや、問題というよりは、疑問といった方がいいかもしれない。

頭も運動神経もよく、何一つ欠点のないように見えるサキだったが、いつまで経っても友達という友達を作ろうとしないのだ。
部活も入らず、終礼後はすぐに一人でするりと教室を出て行くのがお決まりとなっていた。


女子は女子で、何なんあの子、ノリ悪いわ、とぐちぐち言い、男子は男子で、花村はやばい仕事をしてるだの、隠れて子育てをしてるだの、根拠のない噂を乱立させた。


俺はそんな騒ぎを傍で見ていて、サキについてかすかに好奇心が沸いていたのだ(もちろん、男どもの噂を信じる気にはなれなかった)。


そこで、夏休みに入る終業式の今日、サキの日常をちらりとでも見てみようと思い立ち、ぼんやりと後をつけて(というよりは、後について)行ったのだった。