緑に生い茂る山を背景にそびえ立つ大きな豪邸を前に、真斗が哀愁を漂わせていると、背後から
「もしかして今日からお入りになる従者の方ですね?」
と声をかけられた。

慌てて振り返ると、そこには燕尾服に身を包んだ五十代半ばくらいの落ち着いた趣の優しそうな男性が立っていた。


「あの、父に言われて来たのですけれど…」

「あぁ良かった。無事に着かれて」

「え……」


おずおずと話すと男性は安堵した表情を見せた。


「実は途中までお迎えに行ったのですよ。ですが、いらっしゃらなかったので心配していたのです」


良かった、良かった。
と笑う男性を見ていると、その笑顔に思わずこちらまではにかんでしまう。


「失礼。自己紹介が遅れましたね。
私、樫原家にお仕えしております、松山と申します。
こんな所で立ち話も何ですから屋敷に入りましょう」


そう言うと、松山と名乗った男性はすたすたと屋敷の方へと向かって行く。

それにならって、真斗は俺も男だ。と覚悟を決めその背中を追いかけていった。