「これなんか良いんじゃないかしら?」
早稀がスーツを真斗に押し当てながら言う。
黒地にグレーのラインが入ったそれは真斗の長身によく似合う。
「うん。これにしましょう」
早稀は顔を綻ばせてから、手に持っていたスーツを近くに付き添っていた店員に渡す。
店員はスーツを受け取り、うやうやしく会釈してから奥に消えて行った。
「俺はこのままでよかったのに」
「駄目よ!それは屋敷用の服なの。パーティーに着ていくなんて言語道断だわ」
真斗が人知れず呟くと、聞き捨てならないと言わんばかりに早稀の怒号が降ってきた。
「ですが、俺はただの執事で護衛なのに。
そんな高そうなスーツは…」
「でもお父様が仰ったんだもの。大人しく着るの」
受け取れない、という言葉は喉に張り付いて声にはならなかった。
事実、この買い物は旦那様に命じられたものだった。
早稀が朝早くから何なの?とぐずりながら階下に降りていくと食卓テーブルーーといってもかなり大きいーーには旦那様が座っていた。
簡単に言うと、早稀がパーティーに出席するため真斗にも付き合えとの事。
そして、パーティーのための真斗の服を見立てることが今回早くから早稀が呼ばれた理由だった。
だから今、早稀にスーツを見立ててもらい、購入した所だった。

