この燕尾服だって、何日も着ていれば嫌でも馴染む。
尤も、真斗は自分仕様の燕尾服も、執事という仕事も気に入っていた。
燕尾服はやたら着替え難いところ以外は、であるが。
執事に至っては、一週間足らずでやりがいさえも見出した。
元々、世話をするのは妹で慣れていたためか、早稀の身の回りを整えたり、主の我が儘を聞く事には早々にやりがいを感じた。
そして真斗は、主をからかう、という新たな遊びまで見つけたものだから上機嫌だった。
皮肉を言い、言い返され、再び言い返す。
それが楽しい。
「何、笑ってるのよ…」
突如降りかかった声に目を剥いて、視線をさまよわせる。
そこには部屋着から普段着に着替えた早稀がドアにもたれ掛かっていた。
「ニヤニヤ気持ち悪い顔で何やってるの?」
「…いえ。どうやって早稀お嬢様を負かそうか考えていました」
「やけに素直ね。私に勝つなんて無理だけどね」
言いながら早稀が真斗の隣に立つ。
訳が分からなくて彼女を見詰めると、彼女から笑顔が返ってきた。
それこそ訳が分からない真斗は、耳が熱くなって視線を逸らした。
そして逸らした後に気付く。
またやられたっ!
「視線を逸らすなんてまだまたね」
してやったり感を纏った早稀は鼻歌を唄いそうな勢いで歩き出す。
だがそこは良い所のお嬢様。
決して鼻歌は唄わず、足取りも優雅だ。
真斗は後ろ姿を見ながら、吐息を漏らした。
ああいう風に女の武器を使われたら、こちらに勝ち目はないだろ。
抗議の声も虚しく、早稀は長い廊下から見えなくなった。
真斗は一つ、溜め息をついてから早稀に追い付くために駆け出した。

