「ねぇ」
やることが無くなり手持ち無沙汰だった真斗はドアの横で木のように突っ立っていた。
「ねぇってば」
「なんでしょうか」
部屋に入ってから一度も喋らなかった早稀が何やら真剣な面差しで話してくる。
「あんた高校で空手やってるわよね?」
一体いつ立ち上がったのか、先刻までソファーでくつろいでいた彼女が真斗の前に居る。
「ええ、まぁ。空手部なので」
「なら、去年の珀城高校の主将の事覚えてる?」
珀城高校の主将…。
無い引き出しを全力で探す。
はっきりとは覚えていないが、珀城という名は嫌と言うほど聞いた。
去年の全日本高校空手大会で我が朝霧高校と準決勝で当たった高校だった。
大会に出るまで無名だったにも関わらず、準決勝まで登りつめて来たものだから、高校空手部の間では有名な存在だ。
一部では伝説とまで称されている。
そして、優勝候補とされてきた朝霧高校がその無名だった珀城高校に負けた事でさらに有名になった。
忘れもしない。
珀城の主将は誰よりも強かった。
「どうなのよ?覚えてるの」
「覚えてる事には覚えてます。
ですが、断片的にです」
「でもあんたがその主将に勝ったのは覚えているでしょう?」
真斗は無言で頷いた。
確かに団体では負けたが個人では勝ったのだ。
真斗が頷いたのを見た早稀は顔面に張り付いた強張った表情を取り去った。
それからくしゃりと顔を歪ませてはにかんだ。
「なんだ。そうだったの。あんただったのね…」
独り言のように呟く彼女の顔は何故か少しだけ赤かった。

