こちらへ一点に視線を向けたまま、フロアが静まり返っているけれど。



拓海の視線を感じたせいで、口元を緩ませて笑顔を絶やさなかった・・・




後ろを歩いていたトキは、拓海の背中が余計に偉大すぎて萎縮して。



キモチから醜聞に負けて、虚しさを募らせながら俯き歩く日々を過ごした。



だけれどソノ表情を見せれば、記憶を失った拓海を煩わせて苦しませるだけ。




いまの私なら大丈夫…、前を向いて周囲に悟られナイほどの笑顔を見せられる。



だから今日は隣を歩かせて貰ったの…、理沙子さんとの約束を果たす為にも…。





突然現れた私の変化に戸惑っているのか、拓海の様子を窺っているのか。



二者の思案をする中で、異質なエレベーター到着音のあとで靴音が響いた。




「社長、おはようございます」


「あぁ、おはようございます」


社長とにこやかな表情で挨拶を交わすのは、桜井部長だった。



その爽やかな表情をこちらに向けられて、慌てて会釈をすれば。




「佐々木さん、おはよう。

“出張ご苦労様だった”ね、今日から宜しく頼むよ…?」


「っ、はい、こちらこそお願いいたします」


フッと僅かに緩んだ桜井さんの口元に、少しだけホッとしてしまった。




愁然で放たれた彼の言葉は、余計な詮索をさせナイ効力を備えているから…。