愛ノアイサツ

しばらくそうしていたが、やがて恥ずかしそうに体が離され、僕は残念な気持ちでそれを見ていた。

「城・・・稜お兄ちゃん、いつから気づいてたの?」

「さぁ、いつだったかなぁ。」

「もう、教えてくれたってよかったのに。」

雪乃は少し赤い目で僕を睨み、怒った仕草をした。雪乃の表情は昔も今もよく変わるんだ。

「はは、ごめんね。でも、少し自信なかったんだ。さすがに10年以上も昔のことだし、もし違ったらどうしようって思ったらなかなか言い出せなくって。それに雪乃が覚えていてくれてるとは思わなかったから。」

「覚えてるよ。ちゃんと覚えてる。だって、わたしは今でもクラシックが大好きだもの。」

柔らかく微笑む雪乃は本当にきれいだった。こんな顔をして人間は笑えるんだ。

「僕がヴァイオリニストになったのだって、実は雪乃のおかげなんだ。」

「え?」

雪乃の顔を見て、僕は僕の汚いところを少し隠しつつ話し始めた。

「雪乃が好きだったエルガーの愛の挨拶、どうしても巧く弾きたかったんだ。だから必死で練習して、ヴァイオリンに打ち込んだ。そんなことをしてたら周りが認めてくれるようになって、僕はプロのヴァイオリニストになったんだ。」

「そうだったんだ。なんだか信じられないけど、すっごく嬉しい。」

「雪乃は、ぼくにとってとても大切な人だよ?だから、僕に対して遠慮なんかしないで欲しい。もしも雪乃が必要とするなら、僕はすぐに君の元まで駆けつけるから。」

雪乃は少しはにかんだ笑顔で、コクッとうなずいた。




僕が病室を出て天にも昇るような気持ちで廊下を歩いていると、スーツを着た20代後半くらいの男とすれ違った。

病院には似つかわしくない堅苦しい雰囲気でつかつかと歩く姿に違和感を感じていたが、その時はそれ以上何も感じなかった。しかし、その男が急に立ち止まりある病室へと入っていくのを見て、僕は足を止めた。

そこはいつの間にか僕が通い慣れた部屋、雪乃の部屋だった。


気になって再び雪乃の病室に向かいかけた足をなんとか止めて、僕はその人物の顔を必死に思い出しながらその場をあとにした。