新しい学校生活が始まり、真新しい制服に袖を通す。

朝七時半。

私は、玄関で靴を履いた。

「行ってきまーす」

「忘れ物はない?」

母が、玄関へと駆け寄る。

「うん、ない」

「そう」

私が笑顔で答えると、母は、安心したように笑った。

「行ってきます」

私は、鞄を持ち、玄関の扉を開けた。

「あ、日和!」

玄関を出ようとする私を、母が呼び止めた。

「何?」

私は、出ようとした体勢から振り向く。

「眼鏡、置いていきなさい」

「え?」

母は、ゆっくりと優しい口調だった。

目を丸くする私に、母は、優しい眼差しで微笑んでいた。

「日和は、目、悪くないんだものね」

私は、母の言葉を聞いて、どう表現したら良いのかわからずにいた。
確かに、目が悪くないので、眼鏡を忘れそうになった事も、眼鏡をうっとおしく思った事も何度もある。

でも、喜んだら、実は、母の要望が不満だったのかと思われそうで、嫌だった。

親に、自分の気持ちを伝える事に慣れていない。

母が、何故、私に眼鏡をかけさせたのか、理由を知っていたから。
母の想いを大切にしたかった。

私が、何も言えずにいると、母は、もう一度言った。

「眼鏡、置いていきなさい」

そして、こう続けた。

「今まで、お父さんやお母さんの言うことを、日和は、余計な言葉は言わず、ハイと素直によく聞いてくれた。そして、日和は、見た目だけではなく、中身から、賢い子に成長してくれた。だから、眼鏡なんて、もう必要ないわね」

「お母さん…」

嬉しかった。

母が、私を認めてくれた事が、わかってくれていた事が、とても嬉しかった。

自然に、笑顔がこぼれた。

「はい」

私が返事をすると、母は頷いた。

私は、母の頷きを見て、眼鏡を外した。

母が、掌を私に差し出す。
私は、そっと、母の掌に眼鏡を置いた。

「眼鏡さん、お疲れ様」
「え?あぁそうね」

私の言葉に、母が微笑む。

「じゃあ、行ってらっしゃい」

母が、元気よく私に言った。

「はい。行ってきます」

私も、元気よく言った。
そして、元気よく、玄関を出た。