「ね、あの子ってさ竜矢の彼女にして『片翼のドラマー』って言われてる子じゃない?何でも竜矢基礎メドレーが180まで叩けるとか。」
「すごいわよね~。180なんて普通やろうと思わないよね!!」
竜矢の地元の子に二つ名・『片翼のドラマー』の名をいただいた私。『片翼のドラマー』なんて、まるですごい人みたいだけど、私は特別すごくなんか、ない。超絶技巧と称される練習曲が叩けるわけじゃない。ドラムが人一倍上手いってわけでもない。他のドラマーと違うのは『竜矢に習っている』、ただそれだけ。普通のドラマーはドラム教室に通い、先生のドラマーに指導してもらう。私はプロになるのを夢見ているわけでは無かったので、わざわざドラム教室に通う必要なんて無かった。
『片翼のドラマー』
それは決して秀でているわけでは無く、他のドラマーと何ら変わらない、少女の二つ名。
「やぁ、待ってたよ。『片翼のドラマー』。」
「もぉ、竜矢。からかわないでよ!そんな二つ名、私にはもったいない!!」
ロックドラムの鳴り響く彼の部屋。中央にドンと置かれたホワイトモデルのドラム。ひょいと身を乗り出す彼。
「どうして?綺麗な二つ名じゃない。儚い、とか悲劇とか言われるよりも良いと思うよ?それともお嬢とか姫が良かったの?」
スティック回しをしながらからかいまじりに聞いてくる竜矢。ホワイトモデルのドラムに座って8ビートを叩く竜矢。
「え…。で、でも『片翼のドラマー』よりもお嬢とか姫とかの方がましだわ。ろくに叩けない私が貰うような二つ名じゃない…よ。」バックを床に置いてドラムス!を聞く。今月のは竜矢の大好きなアドバイザーのお話が書いてあるらしい。パラパラとページをめくっていたら、竜矢が後ろからきゅっと抱きしめてきた。竜矢はそれまで飲んでいたコーヒーを机に置いて、私の後ろにぴったりくっついている。
「え、ちょ竜矢!?」
後ろでに竜矢は私をくるっと回転させた。改めて向かい合う私と竜矢。顔が国産姫イチゴみたいに真っ赤に染まってゆくのが分かる。竜矢は、私の体を自分にもっと近づける。そっと目を閉じて顔を近づけてくる竜矢。私も竜矢に従い目を閉じる。私の唇が竜矢の唇と重なる。拒む時間なんて、くれなかった。拒ませて、くれなかった。
私のファーストキスの味は、ほろ苦い、ブラックコーヒーの味だった。