飛び出す時、藤堂さんのあたしを呼び止める声が聞こえたけど、振り返る余裕なんてなくて。

走っちゃダメだって分かってるのに、一刻も早く社長室から離れたい気持ちがあたしの足を速くする。


「うわっ」


角を曲がろうとした時、誰かとぶつかって体が傾き、天井が遠くなるのを感じた。


ーーー…倒れる!!


とっさにお腹を庇いながら目を閉じると、冷たい床のかわりに温かくて硬い何かにぶつかった。


「大丈夫か?光姫」


「敬吾……」


それは敬吾の胸の中で、我慢していた涙を一気に溢れさせられるくらい優しい笑顔だった。


「光姫、なんで泣いてんの?」


「……なんでもない」


「なんでもなくないだろ?その顔は」


優しくあたしの涙を拭いながら笑う敬吾に、いけないと思いながらも抱きついてしまった。


そんなあたしに驚きながらも、敬吾は何も聞かずただ優しく抱きしめ返してくれた。


「誰かに見られたらどうすんの?浮気とかって噂になったら、旦那が黙ってないよ?」


「この階には、あたし以外には藤堂さんと敬吾しか入れないよ」


「ははっ。そこは冷静なんだ?」


敬吾の優しい声と体温で少しだけ熱が冷めて体を離そうとした時、いつからそこにいたのか声が聞こえた。



「何してんの?そんなとこで」