「光姫……心配しなくても、何もしないよ。オレだってバカじゃない。社長の奥さんに手を出すような真似はしないから。
……お前が幸せじゃないなら、連れ去ってやろうと思ったけどな」
そう言うと、敬吾は少し肩を竦めながら、ふっと笑った。
「……分かった、いいよ。食事、付き合う」
これは別に敬吾に未練があるからじゃない。
長い間ずっとトラウマになっていたことは事実だから。
もしかすると、ただの敬吾の言い訳かもしれないけど。
でもさっき耳にした、あたしと別れなければならなかったほどの問題が何なのか。
……それがずっと胸に引っかかっている。
「ただし、変なマネはしないで。さっきも言ったけど、あたしは今幸せなの。
……今の幸せを壊すようなことはしたくない」
「ふっ。分かってるよ。でも……ただ食事するだけだとしても、あの社長が知れば大変な騒ぎになるかもな」
あたしもそのことは少し気にはなるけどーー…
「バカにしないで。いくら悠河でも、食事くらいで怒ったりしないわ」
後で事情を話せば、きっと分かってもらえる。
この時のあたしは簡単に考えていた。
あたしの安易の選択が、再び深い傷を生むきっかけになるなんてーー…
もしも時間を戻せたら。
そう願わずにはいられない。
ーー…今更思ったところで、この悲しみが消えるわけじゃないけど。

