夢みる蝶は遊飛する


誰もいないと思っていただけに驚いて振り向くと、壁に背を預けた制服姿の薄くんがいた。

手を叩くのをやめて、こちらに歩いてくる。

そして嫌味をたっぷり込めて、こう言った。


「今日の部活は大変でしたよ。ひとりしかいないマネージャーの先輩が、こっちのことはなにもやってくれなくて。理由があるみたいですけど、そんなことはどうでもいいんですよ。一年生も大変そうだったなあ」


明らかな棒読みだった。

彼の瞳はそこまで嫌悪の色をたたえてはいない。

むしろ、優しげだった。


「まあそれにしても、あれだけの仕事量を今までひとりでこなしてたってことは、素直にすごいと認めますけどね。しかも女子部の方まで」

「ありがとう」


皮肉がこめられていない私を褒める言葉は、嫌々発せられたわりには私の心にすぐ浸透していった。


「ありがとう」

「もういいですよ」

「そうじゃなくて、昨日のこと」


昨日、彼は私を庇ってくれたのだ。