「そうだね、うちにだけ益があるんじゃいけないな。
きみの利益は、東京に住んでもう一度皇ヶ丘学園に通えること。一生金銭的に不自由なく暮らせること・・・まあそんなに簡単に揺らぐ会社ではないしね。それから結婚相手も、家柄、人柄、評判、どれをとってもきみに相応しい人物を、責任もってわたしが探そう。
今のところそれくらいしか思いつかないけど、どうだい?」
少し考えるような仕草をしてみたけれど、まったく思案の価値もない事柄である。
馬鹿馬鹿しいような言葉の羅列に、場違いにも笑ってしまいそうだった。
私はそのどれも、望んではいない。
「皇ヶ丘に通うことは、私にとってはデメリットです。しかも一度皇ヶ丘を辞めた人間がもう一度現れたら、根も葉もない噂を立てられるかもしれません。そうなると、長谷川の名に傷をつけることになります。それは長谷川家にとってもデメリットになると思います。
また、金銭的云々ですが、私は長谷川の援助に頼ってずっと生きていくつもりはありません。今は母方の実家である高橋の祖父母に学費等は出してもらっていますが、就職したら完全に自立するつもりですし。
最後に結婚相手の件ですが、たとえ長谷川家に入ったとしてもそこまで面倒を見ていただくつもりはありません」
よくもこんなに次から次へと言葉が出てくるものだと、他人ごとのように思った。
頭の中で瞬時に作り出した文章を滑るように口に出したら、案外それは筋が通っているものだった。
こんな弱々しくかすれた声でなければ、もう少し格好がついたかもしれない。
話の流れを自分の都合のよい方向へ持っていくには、目を逸らさず、冷静に、自分の意見と姿勢を貫くことが大切であると、今までの経験でわかっている。
「はは、参ったな」
叔父はまた、同じように愉快そうに声を上げて笑った。
父と同じような顔でこれだけ笑顔を見せられると、まるで父が私に笑いかけているような気がして不思議な気持ちになる。
たぶん、一緒に過ごした何年間かで見た父の笑顔よりも、今日一日で叔父が笑んだ回数の方が多いとさえ思った。


