「すみません、それでも私・・・行けません」
傷つくことを、避けた。
後悔しても構わない。
期待して、裏切られたくない。
たとえばこの電話がすべて嘘で、私はこの女に謀られているのかもしれない。
信じて東京へ戻った私をこの女が嘲笑い、父がまた私を罵るのかもしれない。
そんな光景が目の前に浮かび、私は頭を振ってそれを掻き消した。
「そんなに憎いの? お父さんが」
咎めるような声色ではなく、静かな湖面のようなそれが、私の鼓膜を揺らした。
私が父を憎んでいるなんて、嫌っているなんて、そんなこと・・・。
「そんなことを、どうしてあなたに言わなければならないんですか」
そんなことはない、と言いそうになって、私は慌てて別の言葉を告げた。
そうだ、この女に言う必要などない。
忘れてはいけない。
この電話のむこうにいるのは、私がもっとも憎み、恨むべき相手なのだ。
そう思うと、嘲笑がこみあげてきた。
声が漏れてしまいそうだ。
血が出そうなほど唇を強く噛み、それをこらえた。


