その事実が母を追い詰めたことは、明白だった。
すべてに絶望した母は死を選んだ。
そこまで人間を突き動かすほどの愛情を、私は知らない。
私はまだ、愛と執着の違いもわからないような子どもなのだから。
一度だけ、寂しさに負けて学校帰りに駅の公衆電話から父の携帯に電話をかけ、父の声を聞いて切ったことがある。
父が家を出て数ヶ月が経ち、凍えるように寒かった日だということを覚えている。
そのおかげで父の電話番号が変わっていないのはわかっていた。
だから母の死後、私は父の携帯に電話をかけ、訃報を伝えたのだ。
留守番電話で、短いメッセージを残すことしかできなかったけれど。
けれど父は、通夜にも葬儀にも参列しなかった。
焼香を上げることすらも嫌なのか、それほどまでに父に拒絶されているのだろうかと、そのとき憤りとともに深い悲しみを感じたことを覚えている。
もし、それが、病気のせいだとしたら?
父の意思ではなく、やむを得ないことだったとしたら?
二年前に、病を患った父。
今、危篤状態にある父は、今年の夏、どのような状態だったのだろう。
もしかしたら、その時もうすでに―――・・・


