6限目の体育が終わった時、小泉の手や足には無数の擦り傷があった。
生徒が荷物をまとめる中、担任は言葉を連ねる。
僕は潰れた鞄の中から、漫画を仕舞う代わりに音楽機器を取り出した。
聞き慣れた邦楽が耳の奥を優しく通ってゆく。
「ねぇ、もしかして小泉って運動音痴?」
冗談まじりの言葉に、小泉は不器用に笑ってみせた。
左の臓器がまた痛い。
昼まではなかった、油性ペンの落書きが入った鞄を抱きしめる小泉。
「…花子だぞ、亀」
背骨から伝わる信長のボソッという声。
僕は椅子の背に肘を置き、黒板の縁に並べられた名前入りの空き缶を見る。
井上、和田、矢島、本城、霧島、太田、瀬戸。
これは“花子さん”の犠牲者の名前だった。
「…分かってるよ」
「止めねぇーとよ…」
分かってるよ、同じ言葉を繰り返した。
僕は嘘つきだ。
まるで何か行動するかのような事を言って、何もしない。
これまでも、これからも。
50程度の握力じゃ、音楽機器さえ壊せない。
そんな小さな力じゃ、自分も変えられない。
自分を変えようとすると、過去を正当化しようとする僕が現れた。
あれで良かった。
自分一人で何ができる。
どうせ、どうせって。
そんな嘘ばっかの黒い心臓に土足で踏み込んで来た君がいた。
ただその足跡は白く、僕の心臓が反応する度に動くから今では心臓も斑模様だ。
おかげさまで、最近寝付きが悪くなった。
「止めるぞ、俺らでよ」
「…当然だろ」
僕の周りから3つの声が同時に僕の心臓を叩いた。
汚い色の心臓になりそうだ。
