この日、僕が髪を金色に染めたこの日。
青いエナメルバッグを抱えて彼女はやってきた。
首筋に向かう短い髪、宝石のような瞳、薄い唇。
僕は彼女に目を奪われた。
ただ、残念な事に僕には彼女がいた。
僕は白い粉をうっすら被った黒板に綴られる文字を目で追ってゆく。
担任の教師らしからぬ汚い文字とは違って、彼女の名前には気品があった。
小泉 あずさ。
「小泉あずさです」
緊張が伝わる吊り上がった笑顔での自己紹介。
僕らのクラスは溢れんばかりに拍手が鳴り響いた。
僕も負けじと拍手。
彼女は担任の山本の誘導により、予め空けてあった席に荷物を置く。
まだ型がしっかりした鞄からは重い音がした。
僕の隣の席。
「あたし郷田花子ぉ、よろしくねぇ」
「う、うん。よろしくね」
「んでこっちの金パのがあたしの彼氏の亀谷ぃ」
彼女、いや小泉は僕の机の端っこを見ながら軽く会釈した。
余計な事を言う花子に心の中で舌を打つ。
僕は頬杖をつきながら縁取られた窓ガラスに浮かぶ空の模様を見つめた。
嘘。
窓ガラスの奥にぼんやりと映る小泉を見た。
「ねぇ亀谷ぃ、土曜デートしようよぉ」
「あ、無理。赤桐達と約束あっから」
「…あっそ」
また嘘。
その日は孤児院でお留守番。
ね、嘘が上手いだろ?
