何も考えてなくて、とにかく走った
頬をきる風が冷たくて
思わず眉をしかめそうになったけど、とにかく走って全てをどこかに閉じ込めたい
そんな自分勝手な思いで走っていた
どれくらい走ったのか、額に汗の粒が浮き出てるのがわかって、そろそろ止まりたいと思っていたところだった
急に何かに腕を取られて、倒れ込みそうになるところを固いなにかに受け止められる
固まったまま顔を上げると、それは物ではなくて人だった
「真緒ちゃん、だよね?」
優しい低い声は、"ash"のタクさんのもので、ただ一度しか会ったことがないのに、酷く安心してしまった
そうさせる何かが、この人には感じられる
走っていたのは繁華街だったようで、"ash"から近い場所なのだと、タクさんは言う
「こんな場所を女子高生を、しかも真緒ちゃんが走ってるから何か変なことされたのかと思ったよ」
自販機で買ってくれた冷たい水をあたしの手に落とすと、タクさんはあたしを店へと招いてくれた
昼と夜の営業時間の間らしく、店の入り口には"close"と書かれた看板がかけられていた
準備があるんだろうと申し訳ない気持ちになって俯いていると、
「もう準備は終わってるから構わないよ」
と優しく微笑む
少し長めの前髪が目にかかっていて、それだけなのに、タクさんは大人に見えた
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