あなたはきっと
何も覚えていないのね。

それとも、
わたしの小さな痕跡くらいは
心にとどめているの?

時が経つと忘れてしまうと言われるいくつものことがあるけれど、
その足跡、影、気配、それとも匂い?
それくらいは持ったまま、
大人になることはできるの?

私にはわからない。
だって、
時間が過ぎるということを、
とっくに忘れてしまったのが私だから。

あなたには名前があった
ヒロカ。漢字で書くと、洋香。
とても可愛い名前。
私には名前がない。
私は、あなたたちだから。
あなたのようで、
あなたにはなれなかった、
たくさんの少女が私だから。

またきっと、
あなたによく似た人がここに来るでしょう。
その子は私に名前をつけるかしら?
あなたがそうしてくれたように。

あなたは私にはもう会えない。
あなたは時間の彼方へ行ってしまうから。
私もあなたにはもう会えない。
でも、
ふたつの「会えない」の意味は
少しだけ違う。

私はあなただから。

あなたが手放した時間を
この手の中にしっかり持っているから
あの瞬間のあなたは、
今でもここにいるよ。

私のことは忘れてしまっても
手放した時間のこと、
思い出すこともあるのかもしれないね。
それはきっと
つかんでもつかんでも切られてしまう
とかげのしっぽみたい

手の中でひからびてしまう何かの痕跡
つかもうとしたのとは違うもの
そういうものを集めていくのが
時間の中を生きるっていうことなの?
それはどんな気持がするの?
あなたのいる場所は、明るいですか。
それとも暗い?
どっちがあなたは幸せなの?