「このへんの風は、海の匂いだよな」
そう言って、ヒデミは目を閉じた。
「風に匂いってあるのかな。
なんかの匂いを、運んでくるだけなのかな。
考えたこと、なかったけど」
そう言って、砂に埋まっていた両手を出して、
顔を覆った。
「知らない家の玄関みたいな匂いがする」

わたしも、
しゃがんで砂の中に手を埋めて、
その手の匂いを嗅いだ。
「知らない家の玄関って、行ったことない家でしょ」
「あー、そうかもな」
「じゃあ、どんな匂いかわかんないじゃん」
「それもそうか」
「でも、言われてみると、
確かにそんな匂いするね」
「だろ」
「だね」

夏の盛りの昼間に訪ねる、
知らない家の玄関。
外の日差しから一転、
ひんやりと涼しい家の中は
やけに薄暗い。
だんだん目が慣れてくる。
ぼんやりと、
思い出の中のような輪郭が
あちこちに姿をあらわす。
ここは知らない場所。
それなのに懐かしい。

見たことがないけれど
いつか知ることになる
懐かしい未来みたい

わたしは白昼夢を見ていた。
きっとヒデミも同じものを見ていたんじゃないかと、思い出すとそんな気がする。
その知らない家の中を進んで行けば、きっとヒデミのお姉さんに会えたはず。
それに、あの子にも。

「わたしにもさ」
「うん?」
「お姉ちゃんがいたんだ」

「生まれてすぐ死んじゃった、双子のお姉ちゃん」