ふと勅使川原が疑問を投げた。
「そういえばデータ収集は打ち切りだろう?俺達はこれからどうするんだ?」

「うーん…仕事が一段落したら外に帰らされるかもしれないね…」


塔藤はもう一度だけ手元の資料を見つめ、それを丁寧に机の引き出しへとしまった。






データ班に宛てがわれた研究室から、塔も違う階も違う離れた場所。

長い廊下、壁には一つの白い扉と、その中の部屋を見渡せる巨大な窓硝子。
その窓をただ眺め佇む一人の人間。

おそらく高級なのだろう黒いスーツを着こなす、男がいる。


彼は巨大な硝子の向こう側の部屋を、なんの起伏も無い表情で伺い見ていた。

穏やかなウェーブの髪はロマンスグレー。
ただそこに立っているだけでもその男…初老近く見える…は紳士的な雰囲気を持っていた。


「観崎先生、いらしてたんですか」

女の声が呼び掛ける。

観崎と呼ばれたその男は少し振り向き、声の主を確認した。

茶色にロングウェーブの髪が揺れるしなやかな女性は、鮮やかなオリーブ色のスカートスーツに身を包み手には資料らしき物を持っている。

「公島(きみじま)君か…君はこの部屋を使った実験は見たかい?」

観崎は言った。

「はい…まぁ。少し目にした程度ですが」

「監察研究員達の態度はどういった風だったかね?」

聞かれて、公島は本音を言って良いのだろうかと内心少し困ったが、観崎が穏やかな表情を返したので正直に口を開く。

「…そうですね、普通…でした。ただ熱心に研究結果を求めている、冷たい顔…」

「そうか…それでいい」

観崎は満足そうに少し口の端を緩めた。

「この硝子、マジックミラーになっているのは知ってるかい?」
観崎の言葉に公島は首を横に振る。

「向こうからはこちらは見えなくなっている。その方が被験者も自然に近いものが出来るだろう?」

硝子の向こうを二人は見やった。

部屋は今は誰も居ないようで、暗く、こちらの廊下の電灯明かりでぼんやり様子が分かる程度。
硝子に観崎と公島の姿が写っている向こう側に、白いシーツが敷かれた広い台がある……

調度ダブルベッド程の広さだ。

部屋は広く、だが鉄色をしていて酷く冷えた印象を受ける。