「“本当の”茉梨亜の事だな?」
その問いに、拜早はこくりと頷く。


「……咲眞も、同じ思いだったと俺は考えたんだが」

「ああ、そうだと思う。だからあいつ茉梨亜のかっこなんかして……茉梨亜になろうとした。なってたんだ」


「…咲眞も、自分を取り戻したんだな?」

「分からない…」
拜早は首を振る。

「戻ったかもしれないけど…まだあいつの顔、曇ってた」

去り際の、憂いを含んだ咲眞の顔。

「…何か、やる気かもしれない」

「…何か、か」
管原も呟く。そして医者の顔で言った。

「咲眞は“茉梨亜”になってた時、咲眞の人格は捨ててた。本当に自分は茉梨亜だと、頭が思い込んでいたんだろう」

その言葉に拜早は思わず顔を上げる。

「は?…でもあいつは男だぞ?どうやっても…風呂とか便所とかは?」

「だから…茉梨亜としてああして生きていたところを見ると、生理的な事は全部記憶がないんだろう…」
「…?」
拜早は訝しげに首を傾げた。

「風呂や便所…そういう“茉梨亜だと不自然な部分”の行動の意識が、全部すっ飛んでる。寝起きとかもそうだろう…後で“茉梨亜”として風呂に入った等という記憶を作る。補填(ほてん)ってやつだな」
管原の説明に拜早は唖然としている。
管原は自分のこめかみ辺りを長い指先で触れた。
「一種の記憶喪失や多重人格障害と同じだ。だが咲眞の場合、自分を保護する為じゃなく無理矢理記憶を作り変えてる…頭の負担がかなりあると考えていい」

管原は淡々としていたが、少し神妙さが滲み出ている。

「…正気に戻ったなら、それこそ早く咲眞を休ませないと…不安定であれば、本当に人格が壊れるかもしれない」

「………っ」


「まぁだからといっておまえの体調の事も考えないと…もうすぐ棗が来るはずだから何か食えるぞ」


そう言いながら、管原はもう一度拜早をベッドに入るように促す。



「拜早、……白の怪物って知ってるか?」

「…俺の事、だろ?」

ベッドの中の拜早の抑揚のない返答に、管原は苦笑して少しだけ悲しそうな顔をした。