「さてっ私はもう用済んだからそろそろ戻らなくちゃ。…茉梨亜ちゃんはゆっくりしていくんでしょ?」
棗は待合場に置いてあった鞄を取りながら茉梨亜に問い掛ける。
「うん、弾くんにお茶でも出してもらうわ」
くすりと笑いながら、茉梨亜は可愛らしい笑顔を向けた。

「くれぐれも変な事されないようにね!何かあったらすぐお姉さんに言うのよ!」
「はーい重々気をつけまーす」
「君達俺様をなんだと思ってるの…」
管原の自業自得の嘆きを尻目に、棗は診療所から一歩外へ出る。
相変わらずの雨降りだ。

「弾、ちゃんと食事はとりなさいよ?」

「わーかってるよ」

黒いブランドものの傘をワンタッチで開けながら棗は念をおし、そっと微笑んだ。



パタリと診療所の扉が閉まる。

雨が地に落ちる音、傘に当たる音が鮮明に聞こえる。


「………」

棗は俯き加減に、何故か少し泣きそうな顔を一瞬して……


その場を後にした。











「ほら」

管原に出されたコーヒーは甘味が少なく、飲みやすかった。

「あたしコーヒーには砂糖入れないの。弾くんは?」
「俺も入れないな。ブラックか、牛乳入れる」
「スキムミルクじゃないんだ」
管原の堂々とした態度が可笑しくて、茉梨亜はふふふと笑う。

雨で冷えた体も、診療所の過ごし易い気温とコーヒーで幾分温まった。


「それで?今日は暇潰しにでも来たのかな?」
自身のコーヒーカップを口元から放しながら、管原が少しおどけた風に訊ねる。

「実は聞きたい事があって」
「ほー」
応接ソファに座っている茉梨亜を見下ろしながら、管原は事務机に腰を預けた。

そして……


「もう一人茉梨亜っているでしょ」
「ぶっっ!!」
お約束のごとく口に含んでいたコーヒーを盛大に吹き出す。
「ぎゃっちょっ汚ーい!!」
「おっおまえが妙な事言うからだっ」


管原は息を落ち着かせて再度茉梨亜を見やる。
「……で何だって??」
「もう一人の茉梨亜!弾くんあたしより先にその茉梨亜に会ってるんでしょ?」
管原を見上げながら茉梨亜は核心を付くように尋ねた。