「…………」


廊下を蹴る足音が遠ざかる。

塔藤は脇腹部分の焼けた白衣と微かに痺れが痛む部位を押さえながら、大きく溜め息を吐いた。

「やれやれ……」

それは律子を追い掛ける気などさらさらない様な声色で。

それでも塔藤の表情は、脱力してはいなかった。

「最近の子は何をするか分からないなぁ」

言いながら、壁に同化する様に掛かっていた白い受話器を外す。

――研究所の内線電話。掛けた番号は……


「あ、警備室?大きなネズミを発見したんだけど……ん?あははは」

冗談めかした口調で塔藤は伝え続ける。

「そうだよ、侵入者。今八階……一応観崎先生にも連絡して」

『は?しかし……』

「ナンバーの事を知ってるんだそいつ。放ってはおけないだろう……それにネズミさん、フェレッド関係者だから、たぶん上のフロアに現れるよ」


塔藤は壁に身を預けながら影を落として笑った。

「まぁ……辿り着ければ、だけどね」


受話器を切ると、白い個室に無音が広がる。


侵入者はどこまで知る事が出来るか……彼を助ける事が出来るのか……

確率はほぼ無いだろう。

ただ今のこの状況を、少なからず楽しいと思った自分がいた。


「ごめんね、俺じゃ助けられないんだ」

そう呟きながらも、塔藤は笑みを浮かべていた。