冷たい廊下。
擦れ違う研究員も居ない……
角を曲がる度に研究所の奥地へ連れて行かれている様な錯覚を感じながら、律子は塔藤の後をついていた。
「……塔藤さん、どこへ行くんですか?」
「……星乾症にかかると遅かれ早かれ患部が機能しなくなる。それくらいは知っているね」
振り向かずに塔藤は口を開く。
……律子は頷かないわけにはいかない。
「……はい。そして特効薬がない、治療方法がなかった病気ですよね」
「そう。発症原因が判明した時、これまでのSTIの中でも一番解決方法が示しやすいだろうと言われたんだけど……結果的にエイズに次いでやっかいな代物だった」
塔藤の説明は声色のせいで優しく聞こえた。
「だからって黒川にまで協力して貰うのは俺も意外だったけど。業に入れば業に従えというやつか…どうかな」
廊下はまだ奥へと続いており、左右には簡素な扉達が並んでいる。
「は……黒川……?」
最後は半ば独り言の様な塔藤の言い方に、律子は怪訝な顔をした。
塔藤は温和な顔色一つ変えずに、とある扉の前に立ちノブを回す。
「入りたまえ」
……その口調に妙な既視感を覚える。
「……」
部屋に入りながらも、律子の頭では今言われた名前が反響していた。
こんな外から来た新入社員に“黒川という名”を披露したところで、ピンとくるものはないはずだが。
「黒川大介。一般的にも金融業として名前は上がっていたけど、知らないかい?」
律子が曖昧に首を傾げると、塔藤は何故か含みのある笑みをする。
促された部屋は四畳ほどの小ささで、調度品は事務用の椅子と机が一組あるだけ。
やはり白に統一された無機質なものだった。
「……どうしてその、黒川さん……に協力して貰ったんですか?」
そう問い掛けながら振り向いた律子は、塔藤が扉を後ろ手に閉めるのを見た。
「…塔藤さん?」



