足の限界。
その場に拜早は座り込む。


「…紀一」

茉梨亜は頬の痛さと現状の嘆きが入り交じった涙目を浮かべ、見上げた。

「お願い、拜早を殺さないで……」


しかし震える両手で更に肩を掴まれる。

「茉梨亜、茉梨亜……ごめん…ッッ」

それは茉梨亜の言葉が耳に入っていない様に。

「まさかこんな、君が入って来るなんて……ごめんよ茉梨亜の綺麗な顔が!!」
「き、紀い…」
「おまえ…おまえが来なければ茉梨亜はこんな事ならなかったんだ!!おまえのせいだ!!」

「ぁ……」

拜早の口からは何も出なかった。
まさか茉梨亜が間に入って来るなんて……殴られただなんて……
そう、驚き過ぎて呆気に取られた。

「紀一!お願いもう止めて!」
茉梨亜は必死に紀一を抑え様とするが、彼の矛先は変わらない。

「茉梨亜!こいつが居なくなれば元通りなんだから!!止めるな!!」

それでも茉梨亜は縋り付く。
茉梨亜自身難しい思惑があったわけではない。
ただこれではいけないと。
自分も怖がっている場合ではないと。

かつての友人を殺されたくはないと。


「紀一!!駄目!!もういいでしょう?」
そして茉梨亜はもがく紀一を抱き留めながら拜早へ振り向く。

向けられたそれは願いであり頼みの瞳だった。

逃げて

早く

ここから離れて



「ああ!…茉梨亜…殴ってしまったから叱るのも当然だ…そうだよね、でも事故なんだ」
だが紀一の独走は止まらない。
「紀一…違うの、そうじゃないのよ、私は…」

拜早には見上げる事しか出来ず。

勿論茉梨亜をこのままにここを離れる気はなかった。

「……ッ」
だがもう足が、……。


「茉梨亜…俺は悪い子だ…でも護るよ、それでも茉梨亜を。だって茉梨亜は俺の……」

「紀一……」


――耳に入ったのは、恐らく足音。


「俺の、」


細まる瞳はとても、とても愛おしげに。


「母さんだから……」









「……ふーん」


――そして、第三者の声。



「母さんかぁ。じゃあ…黒川とのこどもができた話は、本当なんだ?」