ある日のことだった。


いつも通りのラッシュで、人と人とが押しつぶされている車内。息が詰まるこの状況は、何度乗っても慣れないのだ。柏木は大袈裟に溜め息をつく。

その溜め息も常ならば電車の音にかき消されるのだが、その日だけは違った。少女のか細い声が、すぐ隣で聞こえてきたのだ。


「や、めて…やめ、て下さ、い…!」


何かを拒絶する声。体はもはや動かないので、首だけ隣に向ける。すると、髪が長く人形のような顔をした少女が、ほろほろと涙を零している。

その後ろには五十は過ぎているであろうスーツを纏った中年男性が、息を荒くして、ついでに顔も真っ赤に染めて、少女に密着しているのだ。