じいちゃんはぽつりぽつりと話し出した。

「わしは昭和20年に徴兵された。今思えば日本は戦局の終盤じゃろ。海軍に配属されて飛行機の訓練ば受けたたい。そこでお前のじいちゃんに、昭吾に出会った」


1945年。日本海軍はレイテ沖海戦で主力艦艇の大部分を喪失し、
艦隊決戦を行う戦力は持っていなかった。

もうその頃は長い戦争の間に戦力の差が大きく開き、作戦遂行が困難になっていた。


「飛行機の訓練したけどな、着陸の訓練はなかった。ちっこい爆弾積んだ飛行機に乗ってな、海にでっかい飛行機で運ばれて出て、バーンと飛んで戻ってくるときは海に胴体でがーんと着陸すっとよ。訓練で死んだやつもたくさんおった」


戦力の差がうすうすわかっていたにも関わらず、
レイテ沖海戦では、関行男大尉らの行った最初の特攻が護衛空母「セント・ロー」を撃沈するという意外なる大きな戦果を上げていた。

軍首脳部は、当時の戦力状況であっても特攻であればアメリカ軍に打撃を与えうるとの期待を寄せ始めていた。


これは、あたしが知ってる教科書レベルの歴史だ。