公私の分け目を少々激しく設定しすぎている、仕事面においては有能な父からの公的な了承を得て、ぼくは晴れて、新しい洋服を買いに出かけたのだった。
もちろん、例のジャケットを羽織るわけではないから、ぼくの出で立ちはアベレージよりも外皮が一枚少ない。よって、寒気が容赦なくぼくの身体を貫いて、蹂躙するまで、それほどの時間は要さなかった。
「…………ざぶ」
せめてきちんとした、外出用のジャケットさえあれば、こんな入浴剤の名前みたいな震え声を響かせずに済んだものを。
「さぶい、さむい、かむい……あいぬ?」
だんだん意味が分からなくなってきた。もういいや、テンションに身を任せよう。
とーうちゃーく。
「ふはー、つーいたついたぁー。らんらんる……」
店員の皆さんが「いらっしゃいませー」の「いらっしゃいm」で社交辞令を拒否したことが、ぼくのピュアハートを攻め立てる。
「…………」
押し黙るぼくだった。
まあ、散々前置きをしておきながら、こうして一まとめにするのもどうかと思うけれど、
黒木柿木は、同じ店内に、おそらく服を買いに来ていたわけさ。
「……あら、委員長。こんなところに何をしにきたの」
おーい。
ユニクロじゃなかったらお前、完全に白い目で見られていたぞ。量販店でよかったな、大量生産ばんざい!
というかこのとき、ぼくは初めて気がついた。エゴイストで知られている黒木柿木、実は意外と話せる輩なのかもしれない。なにせ、クラス内で微塵も言葉を交わさないまま冬を迎えたような凡男子に向かい、気さくに話しかけられるのだから。
「こんなところ、とはご愛敬だなあ」
まあ、ぼくの所有物じゃないから、大言は吐けないけれど。
「ダウンをね、買いに来たんだよ」
