病室に彼を戻し ベッドに寝かしつける。

安心したのか あいつは 静かな寝息を立て始めた。

「すみません・・・」

さっき 一人にしないで欲しいと言ったあいつの言葉を無視した

自分の浅はかな行動が悔やまれて思わず謝っていた。

「無理ないですよ。私は経験してるから・・・とっさに そう思ったの。」

「経験?」

「私が ここに勤め始めたばかりの時にも、こんな風に記憶障害で搬送されてきた
 女性がいたのよ・・・・
 冗談だと思って 一人にした隙に彼女 ここの屋上から
 飛び降りちゃって・・・・
 自分がどこの誰だか突然わからなくなるって、当事者に
 とっては凄い不安なことなんだろうね・・・・
 パニックになっちゃうと
 人間なにしでかすか わからないでしょ・・・・」


「で・・・彼女は・・・・」


「身元不明のまま 無縁仏。 かわいそうな事したわ・・・・・ 
 記憶障害も一過性の場合の方が多いのに・・・って 後でドクターから
 聞いて・・・・よけいに そう 思った・・・・

 ねぇ・・・・
 申し送りで 美由紀ちゃんが言ってたけど・・・・たまたま 飲み屋さんで
 一緒なだけだったんですって?」

「あ・・・はい・・・」

「迷惑な話だとは思うけど、彼にとって あなたは 無くした記憶の中にある
 唯一のキーパーソンなのよ・・・」

「えっ?」

「自分がどこの誰だか ちゃんとわかっている時に かかわりがあった最後の 
 人間なの・・・・」

「って・・・申しましても・・・・あの・・・・」

【泥酔してて 記憶は・・・・・】

「見捨てないで上げてほしいわ・・・・・」

【そ・・・・そういわれましても・・・・】

いまさらながら やっかいな物を 拾ってしまったようだ・・・・・