今は好きな人がいなくとも、シーナは“忘れられない人がいる”と言いました。

それを聞き逃していれば私の気持ちはもっと晴れやかだったでしょうか。
ショックではありますが、聞き逃さなくて良かったと思います。



カプチーノを飲み干すと、シーナは
「せっかくだから散歩でもして行こう。」
と言いました。

天気は良好ですし、特に予定の無い私は迷うことなく頷きました。


代官山をロリヰタファッションで歩けば、かなり浮くこと間違い無しです。
その上隣に絵の具で汚れた服を着ている男性がいればなおのこと。

けれど私にはそれが滑稽で、それでいて楽しくて、笑顔になれました。
シーナも楽しそう。


しかしのんびりと歩いていると、雨粒がぽつりぽつりと私の頬を濡らしました。


「いい天気だったのに。マコ、こっち。」


雨脚は次第に強くなっていきます。

シーナは私の手を取って人気の無い脇道へと入りました。

どしゃ降りの雨の中、私はシーナに手を取られたまま走りました。
雨も、呼吸も、鼓動も、速度を増していく・・・。





「ここで少し様子を見ようか。」


雑貨屋さんの軒先で、ひとまず雨宿りをすることにしました。

あんなに天気が良かったのに今はもうどしゃ降り。
大きな雨粒が地面を叩きます。

当然二人とも傘など持ってはいませんでした。


私はバッグからハンカチを取り出します。


「シーナ、髪が。」


シーナの髪が濡れてぺしゃんこになっていました。
いつものふわふわの髪も、今は肌に張り付いています。


「マコも濡れてるよ。いいよ、ハンカチはマコが使って。」

「私は巻き髪ですし、下手に水気を取るとぐしゃぐしゃになってしまいます。
ほら、シーナ。少し屈んでください。」


私とシーナの身長差は約30センチほどあります。

なので髪を拭くのにも少し屈んでもらわないと拭けないのです。


シーナは微笑むと、渋々私の方に頭を下げてくれました。