キャンパスに絵を描く瞬間は、いつも緊張する。

その真っ白な世界を汚してしまうようで怖いからだ。
出来上がりが満足するような物になったとしても、その最初の緊張はいつになっても消えない。
書き出しは常に恐怖がまとわりつく。


けれど最近はそういうものが無くなった。

完全に消え去ったわけでは無いけれど、程よい緊張が僕の中の糸を張っている。
絵を書いている間、それは緩むことは無い。
集中力が切れるまでそれはピンと張った状態のままだ。




無心で、貪るように描く。

僕が絵に何を求めているかはわからない。
けれど思い立ったら描かないと気がすまない。

今描かなければ、明日には筆が持てなくなっているかもしれないから。

描ける時に描きたい。
スランプに陥ることもあるだろうから。



まるで何かを求めるように、何かにすがりつくかのように。

たまに筆を持ちながら思う。




僕は何をこんなに焦っているんだろう。




何かに追われているようだと、僕は思う。
急かされている様な気さえする。





「飛絽彦君?」




僕の中の緊張の糸がプツリと切れた。



「叔母さん・・・。何か用?」


声の主は、僕が下宿させてもらっている家の人間。
僕の叔母にあたる人だった。


「昨日の夜からずっと描きっぱなしでしょう?
少し休んだらどう?温かいお茶を用意したから。」


外を見れば太陽は真上に上っている。
もうお昼過ぎぐらいか・・・。


僕は叔母さんの言葉に甘えることにした。